ぬま_FJHのポンコツ人生珍道中

多趣味人間による旅の備忘録

愛媛県中央地域の旅

今回は愛媛県の中央地域の旅をしてきました。

愛媛県は西側から南予中予東予と3つの地域に分けられるのですが、今回の訪問先である今治市東予松山市中予大洲市内子町南予に地域分けされるのでタイトルとしてはこうなるかなぁという感じです。

 

羽田から松山までは一気に航空便で向かいます。

フライトログ

雲を越えて瀬戸内へ - ANA (全日空) 口コミ・評価 | FlyTeam(フライチーム)

松山空港からの交通手段としてはタクシーを除いて無予約の場合は松山市中心部のみとなります。今回は事前に予約制バスを依頼しており今治市へ一気に向かいます。

国道196号線を走るので瀬戸内海を見ながら今治に到着です。

早速、今治城へ向かいます。

今治城の南側はちょっとした公園になっており健康遊具や視力検診表がありました。

ぐるりと回って北側の土橋入口から入場します。

この今治城の特徴としてはお堀が海水を引き込んでいるのと同時に底から真水が湧き出ており、クロダイやヒラメなどの海水魚にまざりメダカなどの淡水魚も共存しているというのが特徴です。

YANMAR看板ビルの下にある橋のような部分が海水取り入れ口

本丸前の広場に到着いたしました。
模擬天守の横にある明治の頃に廃藩置県実施に伴い周辺の神社を合わせた吹揚神社に参拝をしてから入城いたします。

場内は展示館となっており、今治城今治藩の貴重な品々が展示されておりました。

最上階は展望台となっております。遠くにしまなみ海道を望めます。

今治城は今でこそ埋め立てられており海岸線からは多少距離はありますが、吹揚城という異名を持つ城の通り、当時は砂が風で吹き上げるような浜辺に建てられた城だったそうです。

瀬戸内海の交通の要所らしく直接、船で城に乗り付けることが出来たりなど利便性も高かったとのことです。

昼食は今治ご当地グルメの焼豚玉子丼をいただきます。地元の中華食堂(閉店)が賄いで作ったメニューが広まったことによるメニューだそうです。

腹ごしらえも終えて松山を目指します。

タオル関係もめぐりたかったのですが時間と諸々の関係で次回の楽しみにしたいと思います。

松山駅に到着です。去年、建て替えられて今までの平地駅から高架駅へ変化を遂げました。旧駅舎は取壊し作業前で取壊し次第、バスロータリーなどもリニューアルされそうですね。

ここからは伊予鉄道に乗って宿や道後温泉に向かいます。

丁度、道後温泉にある伊佐爾波神社のお祭りのタイミングで御神輿が町中をめぐっておりました。

最初に大街道にある愛媛県物産館で明日の切符を準備します。

そのまま宿近くの勝山町で伊予鉄市内電車を撮影します。

9年前に来た以来の松山ですが、当時は走っていなかった5000形が非常に多く走っておりました。

少し待って50形を撮影して宿へチェックインをして道後温泉を目指します。

先述のお祭りは喧嘩神輿も行われるそうで、その関係か否かバリケードや桟敷席が準備されておりました。

そのまま日帰温泉施設向かいます。前回、訪ねた際は道後温泉本館に行ったので今回は椿の湯に向かいました。

道後温泉縄文時代中期の石器が発見されていることから3000年以上人々に親しまれている温泉として長い歴史があります。近代で言えば夏目漱石の『坊ちゃん』がこの道後温泉松山市を舞台とした作品の代表ではないでしょうか。

道後温泉を楽しんで中心街である大街道周辺へ戻り夕食です。

愛媛県における鯛めしについては東予中予で食べられる炊き込みご飯と南予で食べられる漬け刺身をご飯に載せる2種類に大きく分けられます。

折角、今回は松山で食べますので炊き込みご飯で頂きます。

酔い醒ましがてら松山城を見に行きます。ふらりと歩いていたら松山城を横断する形で、東雲口から古町口へ抜けておりました。

歩いて高砂町電停まで向かい、宿のある勝山町電停まで乗って明日に備えます。

 

2日目になりました。

一気に伊予大洲へ向かいます。

個人的にJR四国2000系が好きなので目星をつけていた撮影地へ向かいます。

最初にやってきたのはアンパンマンラッピングの2000系です。

アンパンマン作者のやなせたかし氏が四国出身ということでJR四国の特急列車の中にはアンパンマンラッピングの列車が運行しております。

ちなみにこの2000系はカーブを高速通過できるように車体を傾ける装置(振り子装置)をディーゼルカーで世界で初めて採用した車両です。

続いてやってきたのはN2000系ともいわれる車両です。こちらは現在では後継車に舞台を譲りましたが高徳線特急うずしお号をさらに高速化するために改良されたタイプです。

続いてキハ32形です。国鉄民営化の際にJR四国に移管する前に車両を新しくする目的で導入されました。

ローカル線向けということもあり当時の国鉄気動車としては最小だったそうで、車両長16m、幅2.7m(参考:キハ40系1両当たり長さ21m、幅2.9m)という大きさです。

最後に撮影したのは従来の2000系と同じ前面ですがN2000系に分類される車両です。N2000系を本格導入決定前に製造された車両です。

肱川(ヒジカワ)鉄橋での撮影を終えて、土手を上流方面へ歩き、大洲城へ向かいます。

大洲城天守閣については復元ではありますが主に大洲市民の寄付によって当時の工法を忠実に再現することで建っている城です。

天守以外の4つの櫓については江戸時代から残る国の指定文化財となっております。

苧綿櫓(オワタヤグラ)

伊予大洲の街並み散策をして昼食をいただきます。B級グルメならぬ大洲の「O」でO級グルメとして大洲市の観光サイトに載っているメニューの一つ「とんくりまぶし」をいただきます。豚すき焼きに栗が入っているものをご飯の上に載せて食べ、途中からスープを入れてお茶漬け風にして食べるメニューです。

栗の甘さが引き立って美味しかったです。

腹ごしらえもそこそこに内子へ向かいます。

内子駅前にはC12形が展示されておりました。
今でこそ予讃線内子線の分岐駅である内子駅ですが開業当初は内子線の終点であるだけでした。時代は進み海沿いでカーブなどが多い予讃線速達化のために山をトンネルで貫き内子で内子線と接続することで速達化をしたという歴史の舞台でもあります。

折角ならばと内子座に来てみましたが工事中でした。

その結果として貴重な改修工事の風景を見ることができたのでよかったです。

その後は伊予長浜へ向かいます。乗換のために、伊予大洲へ戻ります。

伊予大洲からは先ほどのキハ32形と同じ理由で導入されたキハ54形に乗換をして進みます。

伊予長浜では見てみたかった長浜大橋へ向かいます。

その道中に一時SNSで話題になった看板と出会いました。

歩いていたら突然、現れたので大声で笑ってしまいました(笑)

尋ねた目的の長浜大橋を渡ります。

肱川の河口付近にかかる橋で、今でこそ観光向けに日曜日だけ動きますが当時は往来する船舶のために橋が跳ね上がる開閉橋です。

昭和10年に架かった日本最古の可動橋です。

戦時中の機銃射撃跡も残っており、橋ができてから今日まで伊予長浜の町と共に歴史を見て来た橋でもあります。

美しい長浜大橋を後に帰路につきます。

夕食は松山空港でじゃこ天うどんをいただきます。

帰りのフライトログ

夜間日本太平洋沿岸遊覧フライト - ANA (全日空) 口コミ・評価 | FlyTeam(フライチーム)

 

久々の愛媛県は楽しかったですね。

予讃線伊予大洲宇和島に乗ったことがないのでまた来たいですね