ぬま_FJHのポンコツ人生珍道中

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平賀源内を訪ねて、500系新幹線に乗る旅

今回は高松から岡山に2泊して、宇部へと駆け抜ける旅をしてきました。

元々、倉敷に行ってみたかったのでそのアレンジのような旅となりました。

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早速、羽田からフライトを楽しいんで高松に到着です。

ポケモンとコラボをしており、ヤドンのラッピングバスで高松市外へ向かいます。

久々の18きっぷに入鋏印をいただいて、志度を目指します。

志度は歴史上の人物、平賀源内の出身の地です。

平賀源内といえば、江戸時代の発明王でもあり博学王でもある人物です。

桃太郎電鉄というすごろくゲームでは欠かせない登場人物でもあります。

駅スタンプだけでなく駅舎の中でも平賀源内を感じることができました。

平賀源内といえばで連想されるものの一つである土用丑の日の鰻文化を作成したことや歌舞伎「神霊矢口渡」などに関連した展示が行われておりました。

志度観光を前に昼食で腹ごしらえを済ませて、平賀源内記念館へ向かいます。

平賀源内がこの志度に生まれ育ってから江戸に移住、小伝馬町で獄中死するまでの歴史をたどることができる記念館でした。

平賀源内の代表作エレキテルの展示だけでなく、現代の道具で再現したエレキテルも体験も可能です。

鎖国中に交易を許されたオランダを通してヨーロッパの技術を再現してしまう凄さを感じることができました。

この記念館から少し歩くと平賀源内の暮らした家が残されています。

庭には源内先生にゆかりのある薬草が育てられております。身近だけども摂取すると毒のある朝顔や紫陽花なども薬草として使われたそうです。

現代でも狭心症の薬として使われるニトログリセリンも量を間違えれば毒となります。

どんな植物でもうまく使えば薬、間違えれば毒ということは変わらないようです。

記念館は有料ですが、こちらの源内先生旧宅は無料で見学可能です。

サービスで源内先生ゆかりのある薬草で作ったお茶をいただけました。

こちらの旧宅で購入も可能とのことでおいしかったのと、今後の健康を祈願して購入します。

志度の街はお寺も数多くあります。せっかくですので列車の時間までお寺を訪ねます。

まずは、地蔵寺こと志度寺奥の院です。

四国霊場八十八箇所の86番目志度寺奥の院です。

こちらは日本神話の中で土佐で悪さを働いている大魚が退治されそうになり、志度湾に逃げ込んだものの退治された話があります。

それに伴い、大魚が妖として志度の街を襲うことを恐れて魚霊堂を建てて菩薩を設置したことが始まりとされております。

続いて志度寺です。志度寺の目の前にある自性院には源内先生の墓があります。

この志度寺の歴代住職の中には平賀源内が讃岐の国から長崎へ遊学に行く際に支援した方もいらっしゃるとのことで、切っても切れない関係にあるようです。

寺院内を散策していると、お遍路中の方々を見かけ、四国に来たことを改めて実感いたします。

志度を出発し、源平合戦舞台の屋島を過ぎて、栗林あたりで通り雪と遭遇をします。

栗林駅は撮影が出来そうなので、撮影をして、高松駅に戻ります。

高松からは快速マリンライナーで一気に岡山に向かいます。

複数回、瀬戸大橋を越えておりますが、この宇多津・多度津・瀬戸大橋の区間が好きです。車窓を眺めてても楽しくなります。

約半年の岡山に到着です。

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時間もあるので津山線に乗り込みます。

快速ことぶきで向かったのは、駅舎が特徴的な亀甲駅です。

駅の中では実際にカメが飼育されていたり、亀グッズが置かれておりました。

この亀甲ですが、近くに亀甲岩というものがあります。古く、旅人が道中で亡くなっていたのを見つけた村人が土葬をしたところ、弘法大師の尊像を乗せていた岩が亀の甲羅のように隆起したことが始まりといわれております。

住所ではなく、逸話が由来の駅名です。

 

気になっていた亀の駅舎がある亀甲駅を後に岡山へもどり宿チェックインをして、夕食へ向かいます。

非常に空腹だったのもあり、駅ビルでしっかり夕食を楽しんで、宿で晩酌をいたします。

折角ですのでその地域の果実をお酒で楽しみます。

そんなこんなで明日に備えて就寝です。

 

2日目のスタートです。

今日は元々、行ってみたかった倉敷へ向かいますが、時間もありますので色々経由して向かいます。

まずは吉備線に乗って総社を目指します。

桃太郎伝説が伝わる吉備国の中心を貫いて走るこの路線。田園風景と住宅地の景色を眺めつつ総社に到着です。

残念ながら無人駅となっていましたので、時間もちょうどよく接続の列車で備中高梁に向かいます。

こちらも残念ながらな結果となりました。

備中高梁が最寄り駅の備中松山城現存天守閣がある城として有名ですが、駅からのアクセスが悪く、車がおススメの様でしたので今回はパスをして、倉敷方向に進みます。

列車は高梁川沿いの渓谷美を見せながら進みます。

途中の豪渓駅で下車をして、最近引退が話題となっている381系の撮影をします。

撮影地に到着をして構えると、まずは伯備線貨物が通過しました。

JRFのロゴマークがなくなってました。

続いて、JR西日本の瀬戸内海周辺の電化区間で主力となっている、113系がやってきました。山吹一色というなかなかインパクトのある塗装ですよね。

そしてやってきました。381系のやくも号です。引退も近いため、国鉄色を再現しています。この生まれてからJRマークの私にとってJNRマークはインパクトが強いですね。

こちらを撮影して、後続列車で豪渓駅から倉敷駅へ向かいます。

倉敷では先ほど撮影した381系が折り返し出雲市行きとして到着しておりました。

倉敷では私鉄の水島臨海鉄道が運行されており、倉敷南部にある工業地帯を結んでいます。

時間もありますので、乗車をします。水島臨海鉄道倉敷市駅を名乗っている駅へ向かいます。

片道35分程度の小さいディーゼルカーの旅です。

ちょうどひな祭りの日でしたので、車内には地元の子供たちが画用紙で作成したひな人形の絵やクラフトが展示されていました。

三菱自工前駅から少し歩くと水島臨海鉄道の車庫です。国鉄キハ20形がアイドリングをしておりました。車籍は無いため本線運行はできませんが、動態保存とのことで車庫内は走行可能とのことです。

三菱自工前駅を後に倉敷市駅に戻り、美観地区へ向かいます。

まずは、阿智神社へ向かいます。この阿智神社は高台にあるため、美観地区を見下ろすことが可能です。

江戸時代から続く街並みを残している美観地区、このように歴史的建造物群を上から見下ろすことができるのも倉敷の特徴ではないでしょうか。

街に降りて散策です。

美観地区は、江戸時代の建物だけでなく明治・大正・昭和の建造物も点在しておりますがすべて戦前のものですので時代ごとの違いを見つけるのも楽しいかもしれません。

メインストリートの倉敷川沿いです。こちらは大変にぎわっております。人力車や川下り船などもあり、見ていて飽きません。

路地に入ればゆっくり建物を見ることもできます。結婚式の前撮りや和服のポートレート撮影をしている方々もいらっしゃいました。

倉敷が面している瀬戸内海は穴子もおいしいということで、昼食に穴子重をいただきます。

穴子を楽しんで倉敷駅へ戻ります。

倉敷美観地区は駅から少し離れていますが、その途中の商店街は戦後昭和の雰囲気を残す商店街ですので、時代を行ったり来たりしている感じがして大変楽しかったです。

倉敷駅に到着しましたが列車まで時間がありますので、水島臨海鉄道を撮影して過ごします。

MRT300形です。水島臨海鉄道オリジナルの車両です。この水島臨海鉄道は元々JR東日本久留里線で活躍していた国鉄気動車保有しいるのですが、平日限定で運行しているとのことで、要リベンジですね。

倉敷から1駅の中庄で下車をします。まだ日中ですので381系特急やくも号を撮影しようという算段です。

緑色のやくもを撮影したところ雨が降り始めましたので急いで駅に戻ります。

中庄の駅スタンプにも描かれているマスカットスタジアムにて東洋カープの試合があったそうで駅は混雑をしておりました。

なんとか乗込んで岡山に戻ってきました。

ちょうど、スーパーやくも塗装の381系がやってきました。

またしても時間がありますので瀬戸大橋線の駅スタンプ未押印駅である児島に向かいます。

ジーンズや制服の街として知られています。

鷲羽山含めて今度はゆっくり児島を宇野とセットでめぐってみたいと思います。

児島から岡山までは最新の車両である227系で目指します。

岡山で夕食をいただきますが、せっかくなので日本酒メインで居酒屋へ向かいます。

地酒を楽しむというのは大人だけに許された旅の楽しみですね。

 

3日目、最終日となりました。

この日はついに500系新幹線に乗車ができます。

個人的に子供の頃は500系のぞみ号が一番すごい新幹線で子供ながらに乗ることにあこがれるスーパートレインはこの500系でした。

あれから20年近く経過してついに乗車ができます。残念ながらこだま号になってしまいましたがあの時のあこがれは変わらないままです。

最近の新幹線には無い鋭い先頭は風格もありいいですね。

途中の駅で他の列車に何度も抜かされますがこの車両に乗っているだけで大満足でした。

速度を出すために湾曲させた様子が車内からでもわかります。まるで航空機のようです。

あっという間に新山口に到着です。

この新山口、元々は小郡駅を名乗っていましたが新幹線開業に合わせて新山口駅と名前を変えています。

さらに住所が2021年の区画整備の結果、小郡令和1丁目に所在する駅となりました。

常に新しさを感じさせるようになっていますね。

昼食を済ませて宇部線乗車に向けて改札を通ると、115系瀬戸内色が止まっていました。

JR西日本の企画で一部列車を懐かしい塗装に戻してるとのことです。

撮影をしているとトワイライト瑞風が通過していきました。

豪華クルーズ列車として西日本の各地を右往左往している列車です。

さらにDE10もやってきました。新しい機関車にどんどん切り替わるさなかですので見つけ次第シャッターを切っています。

あれこれ撮影している間に、宇部線がやってきました。

こちらに乗込んで、宇部新川で小野田線に乗換えます。

宇部新川からは123系に乗ります。この123系は荷物を運搬する車両を改造して旅客を乗せるようにした車両です。車内の座席はオールロングシートです。ほかの車両みたいに中間部分にドアがないので、本当に長く感じます。

のんびり揺られていると小野田に到着です。こちらの駅も無人化されており、残念ながら駅スタンプを捺すことはできませんでした。

小野田から宇部に移り、宇部線で1駅、鼻岩で降りて撮影地に向かいます。

まずは東厚川の西岸で撮影をして、後続列車は撮影していた鉄橋のすぐ横に掛かる橋で撮影します。

やってきたのはまさかの105系の広島色のリバイバルでした。

こちらを撮影して、鼻岩駅に戻り草江駅まで向かいます。

草江駅ですが、目の前が山口宇部空港で改称してもいいくらいの距離にある駅なのですが、列車の時間と航空便の時間はマッチしていないことがあるのが現状です。

全国チェーンのココスですが、特別メニューを展開していました。

夕食を食べているともう帰りのフライトの時間となりました。

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久々の航空便を使っての旅行でしたが、非常に楽しかったです。

次は九州あたりに行ってみたいですね