ぬま_FJHのポンコツ人生珍道中

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瀬戸内海の未来の世界遺産と世界文化遺産を巡る旅

元々、伊豆諸島は利島へ行こうとしていたのですが生憎、伊豆諸島の天候が荒れるためキャンセルの上、何となくで岩国と広島へ向かいました。

flyteam.jp

早速、岩国へ着いて日本3奇橋の一つ、でもあり世界遺産へリスト入りを目指す錦帯橋へ向かいます。

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偶然、紅葉の季節でしたので紅や黄色に染まる街並みを楽しみます。

 

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この地域は岩国城の城下町でもあり錦帯橋を中心に町が作られた歴史があります。

今でも錦帯橋がこの地域の観光の目玉でもあり錦帯橋を渡ると直ぐに吉香公園が広がります。

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昔ながらの街を一周して再度、錦帯橋を渡りバス停に向かいます。

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実際に歩いてみるとよくわかるのですが木の板を少しずつずらして作成されておりちょっとした段差がある橋です。この構造と歴史的背景などから今後、世界遺産リストに入るのではないかと地元有志が活動しております。

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続いて、岩国から宮島にある世界遺産厳島神社へ向かいます。

宮島の入り口である宮島口から宮島までは2つの船会社が結んでいます。

国鉄時代から鉄道連絡船として活躍しているJRフェリー(宮島連絡船)と地元の鉄道会社である広島電鉄グループ宮島松大汽船です。

運賃はどちらを乗っても同額ですが、チケット購入会社の船しか乗れません。

また、JR系のフリー切符ではJRフェリーを広島電鉄系のフリー切符では松大汽船を使えます(一部を除く)

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今回は往路にJRフェリーに乗ってみます。

この路線、厳密に言うとJRではなくJR西日本のグループ会社が現在では運営しておりますが、案内上ではJR線で唯一現存する鉄道連絡船でもあります。

往路に乗る理由が船の世界は右側通行でかつ、JRフェリーは松大汽船よりも南側を運航している(発着地は同じですが使用する桟橋が南側です。)為に厳島神社鳥居の近くを通過します。

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そして、見えてきた鳥居です。

工事中なのでがっかりされる方もいらっしゃるようですが、世界遺産として大切に保管されている大鳥居の工事はおおよそ70年に一度、今回を逃すと一生見れるかわかりません。

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宮島港から厳島神社までの道では野生の鹿が出迎えてくれます。

鹿は古くから日本の神様の使いとして知られております。

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世界遺産の維持工事は当時の技法を使って行うことが定義されているため、創建当時の工法である竹釘(竹製の釘)などを使用しております。

また、世界遺産として自然と一体となっている・西暦593年から信仰されている歴史的背景・日本の宗教空間がわかるなどが認定の理由となっています。

そして、この厳島神社世界遺産認定登録から20周年を迎えた年に奉納としてゲーム刀剣乱舞をもとにしたミュージカルによる奉納を行われました。

古くからの伝統と現代日本の融合した瞬間だったかと思います。

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参拝を終えて町を散策します。

まずは腹ごしらえです。

丁度、紅葉の季節ですので紅葉谷へ向かいます。

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美しい紅葉を眺め港へ戻ります。

行きとは道を変えてうぐいすの道と言われる道を歩きます。

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先ほどの道はかなり人が多く紅葉狩りを楽しまれていましたが、こちらの道はひっそりと青々とした木々の中に紅葉が楽しめます。

おそらく、一面の紅葉ではないのと港まで遠回りの為にあまり人がこないのかもしれません。

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今度は松大汽船に乗って宮島口へ向かいます。

f:id:anmuku001:20211123164300j:plain初の広島電鉄(広電)に乗車です。

十日市町で降りて撮影をいたします。

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各地方の路面電車を撮影しておりますが広島は交通量がかなり多いようです……

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個人的には広電といえばこのグリーンムーバーこと5000形のイメージがあります。

小一時間程度撮影を行った後に猿猴橋町へ向かいます。

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ここは比較的、広電の中でも交通量が少ないとのことで撮影を行います。

続いて撮影したかった元京都市電の1900形を猿猴橋町に向かう途中で9系統で運行しているのを見つけたため八丁堀へ向かいます。

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無事に撮影ができました。

撮影後はもう一つの世界遺産がライトアップされるので向かいます。

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世界遺産原爆ドームです。世界で初めてのことが発生した史跡を訪問できました。

世界遺産としては戦争の悲惨さを伝える平和を願って登録を受けております。

平和記念公園原爆ドームを一周して宿へ向かいます。

夕食は広島焼きを楽しみます。

 

翌日は天気予報通り午前中は雨の為、曇りか雨でないと逆光となる撮影地でアストムラインを撮影します。

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まずは7000系が到着しました。

撮影している毘沙門台駅連絡通路は屋根のある歩道橋のような状態なので濡れません。

また、反対側は駅に停車中の様子を撮影できます。

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このアストムライン、ゴムタイヤで走る新都市交通システムですが、一部は地下鉄として運行しているため、広島にある地下鉄ともいえますが大半が高架区間なのです。

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毘沙門台での撮影を終えて広島城へ向かいます。

広島城につくころには天候も落ち着きました。

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広島城は別名を鯉城(りじょう)と言われますがお堀に鯉が居るからではなく、この地域が己斐(こい)だったことからと言われています。

そんな広島城にも太平洋戦争の跡が残っております。

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一つ目が城内にある広島護国神社横の中国軍管区司令部跡です。

空襲警報などを管理する防空作戦室です。

入口は慰霊碑の左右にあり、内部は半地下構造になっています。全国6つあった防空作戦室のうち唯一現存する遺構です。

ここで、広島に原子爆弾が投下されたという第一報が発砲されました。

もう一つはこちらです。

広島城を後に再び原爆ドームの方角に進みます。

途中、被爆した木が大切に育てられておりました。

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南に歩いて繁華街紙屋町電停付近を抜けます。

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丁度、元神戸市電の車が広島に来て50周年の記念塗装とヘッドマークを付けた車両が来ました。

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歩みを進めて原爆ドーム横の相生橋です。

この橋は旧太田川元安川の分岐点にかかり古くから珍しいT字の橋です。

この形状が上空から大変目立つために原爆投下の目標地点とされました。

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再度、平和記念公園へ向かいます。

記念公園の横には元呉服店、戦時中は燃料配給統制組合所、戦後は燃料会館として復興事務局となったビルです。原爆ドームと同じく被災をし一部の形状が残っていたために改装を行い使用していたということです。

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平和記念公園を見て再び原爆ドーム付近へ向かいます。

原爆ドームから少しずれたところに爆心地がありました。

昼食をいただいて相生橋を渡ってから広島駅へ向かう列車にのります。

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向かう途中、丁度、原爆ドームの横を赤十字のラッピング列車が通過します。

広島原爆の直後、当時の赤十字国際委員会はその話を聞きつけてすぐさま救援に向かうべきとして15トンもの医薬品と共に人を派遣し、治療に当たりました。

実際、赤十字だけでなく広島の惨状を聞きつけた海外の人々の中では国籍を問わず支援をした人が大変多くいたとのことです。

そんな歴史を伝える原爆ドーム前の電停に路面電車が到着する際には慰霊の鐘をもとにしたチャイムが車内に響きます。

また、同じく被災した車両も今回は見れませんでしたが現役で運行しているようです。

 

広島駅でサンライズが開いていれば夜行で帰ろうかと思いましたが生憎、満席……

しかたないので再び駅前で広電を撮影して時間を潰します。

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撮影地の足元には広島東洋カープデザインのマンホールがありました。

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広電バスのラッピングをした広電もあるのですね。

撮影後は帰宅の航空便に乗るために広島空港へ向かいます。

空港で最後の広島グルメを楽しんで帰路です。

flyteam.jp

次は北海道にでもいこうかと思案中です(笑)